2025年2月、東京サンシャインボーイズの復活公演が幕を開けた。
1995年劇団解散時の”冗談”がついに現実とものとなった。
三谷さんは当初、一度終わらせたものを甦らせる事に難色を示していた。
始めること以上に終わらせることの難しさをよく知っているから。
それでもあの頃の仲間たちがもう一度集まったら、どんな芝居ができるのか—
劇作・演出の経験を重ねてきた今だからこそ、好奇心が湧き上がったのも確かだと思う。
常に旬な俳優を起用し、演劇界の話題をさらってきた彼にとって、
この企画は懐古的で手間が多く、若々しさからかけ離れたものかもしれない。
それでも、あえて挑戦してみたいという気持ちが芽生えたのではないか。
劇団資料は、三谷さんが個人事務所を閉じて以降、成り行きで私が保管していた。
当時の制作が集まり、資料整理から始め、コロナ禍の中で少しずつ準備を進めていった。
なるべく多くの方に観てもらいたい—
そんな思いから、復活公演は全国10箇所、3ヶ月を超える公演期間という、
パルコプロデュースでなければ実現し得ない大掛かりなプロジェクトとなった。
復活にあたりこだわったのは、キャストもスタッフもあの頃のメンバーが揃うこと。
解散公演(1994-1995)『東京サンシャインボーイズの「罠」』、
そして15年前のシアタートップス閉館イベント時の『returns』のキャスト・スタッフに声をかけていった。
2024年1月、シアタートップスで行われた”復活公演キックオフ集会”では、
かつてのメンバーが一堂に会し、まるで病院の待合室のようだと自らを揶揄しながらも、
完熟したメンバーたちの静かな熱気が会場を満たしていた。